境内の様子

青銅鳥居

青銅鳥居

「勢州桑名に過ぎたる者は銅の鳥居に二朱女郎」と歌われた日本随一の青銅鳥居で、神社境内から東方25mの所、片町通に面して立っている。寛文7年(1667)、桑名城主 松平定重が寄進、慶長金250両を費し鋳物師 辻内種次に命じて建立させたもので、桑名の名物として今も昔を語っている。(昭和40年12月県文指定)


桑名宗社 御膳水井

桑名宗社 御膳水井

この御膳水井は江戸中期より神供用として用いられていたが、明治元年9月25日、明治天皇が桑名にお泊りの際、水質が市内で裁量の故に御膳水として供された。その後市民の飲料水に解放され、産湯から日々の飲料水に至るまで、この井戸の恩恵を受けること多大であった。清洌な神水は今もなお滾々と湧出し尽きるときがない。(昭和47年5月市文指定)


陽石

陽石

拝殿に向かって右側の玉垣内に1.8mの岩石あり。これを陽石または一説に夜泣石とも伝えている。終戦前まではこの陽石を前にして高さ約3m、周囲約3.5m程の空洞になった楠の枯木があって、その前面は大きく割れて、性器崇拝の神木として参詣する者が多かった。玉垣内の栗石を拾って楠の上部に投げ、石がうまく乗ると吉、外れると凶とした。


楼門

楼門

天保4年(1833)、松平定永によって寄進された三間一戸・重層入母屋造りの楼門で、正面左右には左大臣・右大臣、裏側には金剛力士像が安置され、その姿の美しさは日本一と言われたが、昭和20年の空襲により惜しくも焼失した。平成7年の七百年祭記念事業にて半世紀ぶりに再建されている。

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